7月2日

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二日間、秋田では雨だった。

大館では今まで見たこともないような美男子に出会った。さすが美人で有名な秋田、男性もここまですごいのがいるのだと驚くレベルだった。いわゆるイケメンではない。素がすごいのだ。まあまるで光源氏、顔も体型もいいのだが、それは好みの差はあるかと思うレベルだ。だが立ち居振る舞いから会話から全部素晴らしく、しかもそつがない。やんちゃな上司をあやしつつ、確実なフォローとりながら、常に品がある。

頭もいいし、回転もいい。

世の中こんな男が居たんだなぁ。

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会話は自然にコロナの話になったのだが、その美男子から「岩手第一号は嫌でしょうね」と言われてしまった。そう、秋田人に同情されてしまったのだ。ここまで感染者がいないと「岩手第一号」になった途端何があるか全くわからないのだ。それを秋田県人から言われてしまうということは、彼らもものすごく警戒してきたということだ。

まあ茶化すしかなくて、花巻の話や山形の話を出したら、さらに深刻になった。山形の投石騒ぎは、自殺者が出て一家離散になったという。家がクラスター化してそれが老人福祉施設に伝播してしまったという深刻なことだったので、特にひどいことになってしまった。それでは今後我々がそうなったらどうなるのか、その危機感がある。

「岩手第一号」は今現在恐怖MAXになっている。今岩手県人が望むのは「しがらみのない他県者」がやってきて、ものすごく少数と接触して発症外来に来ることだ。

本当の村八分が起きる可能性がある。いっそのことエピデミックでも起きてくれりゃあいいものを、そういった不謹慎な考えもある。

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車の中ではカーナビがテレビを写して、ワイドショーのコロナネタを披露していた。東京都で107人の感染者が発見されたというので、大騒動になっていた。だがその予測された数字を見ながら、夜の街を敵視するのもどうかとも考えながら、何を恐れればいいのだろうかと考えていた。

都会の生理では、制限がなくなったらこうなるのは目に見えていた。だが行政は夜の街の生態を把握できているわけではない。逆にピューリタニズムに則った健全な風俗なぞあるわけがない。その多様性を把握できる人は法の網の目をかいくぐるだろうし、そうしてきた。

岩手は3代以上続いて住み続けたら、岩手県人となる。そういった超保守的な風土がある。その中での土着的な重層的な世界がある。だがその岩手県ほどではなくとも、日本全国地方は大なり小なりその重圧がある。私も青森から岩手に移り住んで36年になるが、その重層世界の根っこにはたどり着いていない。

その意味で大都市圏というのはその自由さが大切で、しがらみがないから実力を試せる場でもある。

だから本当に思うのだ。自由さを満喫しているあなた方が羨ましい。自由であるからこそ感染が増えるのだ。我々はいつも不自由だから感染を抑えられるのだ。そしてその不自由さゆえに、怯えるのだ。

だが一番怯えるべきは、その風俗だ。どうも国家は最も自由だった風俗をスピンアウトしたいのではないのか。情報操作しているような気がしている。特に新宿をから池袋の流れは、実数だったとしても、想像できる人には意外でもない。次はどこが槍玉に上がるのかとかそちらが気になる。

ついでにアンダーグランドの把握をしようとしている可能性がある。だから風俗ファンほど本当に気をつけて欲しい。あなた方を国家は把握しようとしていますよ。あの楽しい社会が消える日が来ますよ。

そういった陰謀論を言えば、今地方から見たら大都市圏は敵なのだ。間違いなく敵なのだ。商談から何かいっぱいあるのにリモートでは出来ない話とか、一杯あるのに東京にはいけないのだ。なぜなら帰ったら、敵になってしまうからだ。疑われるようなことはしてはいけない。

だが東京にはいかないといけない場合が多い。東京には決定者がいっぱいいるからだ。そして金額が多くなればなるほど、東京が大きくなる。

世界は法だけではできていない。だから問題なのだ。

いずれ東京都から感染者が発見されなくならなければ、地方はどこまでコロナがなくても延々とこの関係が続くのだ。


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左も右も、この通奏低音を聴きやがれ。美しい社会は最初っからなかったということをだ。誤魔化してきただけだ。

政治家は、作れるものだったら作ってみろよ。

やる気がないのはよくわかった。

マスコミもそろそろいい加減、政府が守る気がないのをわかって媚を売るのはやめておいたほうがいい。

7月1日

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仕事で秋田県・大館市にきた。ただ時間がなく、秋田犬博物館も秋田犬の里もゆけず、まあそもそもコロナでどうなっているのかわからないが、観光らしいことは何一つしなかった。あるとすればここまで散歩したこと。そう、大館市は城下町でもあった。

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あと秋田県鹿角市にある鉱山を背景として発達した街だということ。その成果面白い企業が残っていた。

内陸部なのに浜昼顔が咲いていた。

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秋田杉を眺めながら仕事をした。

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観光だできなかったが夕食に入った店やらなんやら、おばちゃんんがやたらと元気な街だった。

うん、書けることがとても少ない。仕事だったんで。あと盛岡より、秋田の大館市もコロナ感染者が発見されていなかったが、秋田県の他の土地では出ていたので、盛岡に比べれば厳しかった。

また近いうちにゆくことになりそうだ。
その頃にはもう少しコロナが落ち着いていることを祈ろう。

6月30日

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今日は1日雨だった。天気予報通りだ。明日から仕事があるのでその準備と確認をして、雨の隙を狙って買い物に出かけ、家庭菜園から大根菜を引き抜いた。

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今日の一番のニュースは中国の人民大会議で、香港国家維持安全法案が通ったことだ。これで香港の一国二制度が終焉すると見られている。

そしてアメリカのポンペオ国務長官が、中国がウイグル人への不妊や強制堕胎や産児制限を行なっているという報告を発表した。

実はこの二つの問題には習近平国家主席の父である習仲勲の残した課題というのがある。香港問題は広東省の香港への密航者が多発していたのを、改革開放路線で防いだというものがある。このとき深圳市の構想が出来上がり、現在に至っている。ただ香港返還以降ある意味香港優遇処置にもなっていた。

ウイグル問題に関しては習仲勲は中国北西部の少数民族のエキスパートでもあった。それは初期の中国共産党員でこの地方での党活動を任されてきたからだというのがある。彼の観察の結果、モンゴル人の弾圧と、モンゴル人のチベット仏教の弾圧という二つが起きた。ダライ・ラマ14世と仲が良かったとは言われているが、それでもチベット併合を止めていない。そして石油が取れるウイグル自治区では逆に優遇政策が取られた。そしてウイグル人を弾圧しようとした官僚を飛ばしたりしている。多分トルコ系というのもあって、対外的に弾圧できなかったのだろう。

習仲勲はとても賢い人だった思う。特に中国北西部の統治は、歴代皇帝の統治を学んだ上で行ったと思う。香港問題も深圳が大きくなって香港を飲み込むのを期待したと思う。

ただウイグル問題は、彼らが強くなりすぎた。石油利権問題をいうようになったり独自文化の保護とかも進んでしまった。高度な自治を言い出したあたりで習仲勲はこの世の人ではない。

さてここで中国漢民族の考えていることは何か。まずだいたいの幸せとだいたいの自由があればいい。で、それ以外を考える人が理解できない。だから個人情報から何から国家に渡してしまうわけだ。言いたいことを言えなくてイライラするのはエリート様の考えであって、関係ない。大多数がだいたい幸福だったらいい、そう考えている節がある。

その意味で漢化されていないウイグルというのは異質だ。なんで同じ民族なのに自分たちにあれこれいう香港って、何かおかしいよね、となる。この問題が解決されなかったのだ。ウイグルは漢化されるはずだったがそうはならなかった。そしてアメリカの911事件から「テロ」を理由に弾圧が始まり、弾圧すれば反抗があり、さらに弾圧が進む。ただ裏には習近平に残された宿題の問題でもあるのだ。

香港問題も過激化するばかりで収集がつけられなくなった。そう、なんで中国本土からいっぱい観光客が来て儲けていて、不動産もいっぱい買って何が不満あるの?

さらに香港では中国本土が嫌うアメリカ製SNSが通用する。中国の誇る金盾もかたなしの地帯だ。でもそれって中国庶民には何か影響あるの?

そうアバウトなのだ。だから党の指示が法を超えることがあるのだ。

だがアバウトでいいのは平時だ。それがコロナで余裕がなくなってしまった。その前からアメリカとの貿易戦争で平時ではなくなっていたのだが、こう言ったときに、弱いものに過激に力が入ってしまう。アバウトに理念や思想があればいいのだが、それがないから暴走する。

切羽詰った夏休みの宿題を解決しようとしている。ここで台湾問題とかを解決しようとしたらどうなるんだろうね。民族自決の問題というのがあって、同一民族だから可能であるという理屈は、シンガポールには通用するのだろうか。私から見たらシンガポールの独立を認めたら、台湾の独立も認めなければいけないはずなのだが。

私なら香港も台湾も独立を認めて、食い物にする方向で考える。その考えがないというのが正直で好ましいのかもしれない。

さてこれで中国がどんな国際株式市場を立ち上げても、日本とシンガポールに香港の株式が移る。特にシンガポールだろうね。タックスヘイブンは大きい。そして日本は特別特区制度を使って、大阪か東京の市場はタックスヘイブンにしてしまう。

市場を奪ってしまえ。

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ロイターに不思議なニュースがあった。現在新型コロナでの可能性のある薬で、レムデシビルの5日間の投薬販売価格が25万円だということだ。非常に高価なのだが、それでは今まで試験のために大量に出した部分はどうなのかという話もある。そう言ったのを踏まえないとこの価格は理解できない。

「基本から話を始めよう。米独立系非営利法人の臨床経済評価研究所によると、レムデシビルの限界製造コストはおそらく600ドルを下回る。しかし製薬企業は研究開発に多額の投資が必要だ。今年のギリアドの開発費を加味すると、コストは1600ドルに増える。

医薬品には他にも多くのコストがかかる。開発段階で失敗した製品の内部補助も、その1つだ。米タフツ大学医薬品開発研究センターが2014年に示した推計では、新薬開発の総コストは約26億ドル。製薬企業の懐に入る利益が売上高の40%だと仮定すると、ギリアドはレムデシビルを2300ドルで約300万コース分売って、ようやくコストを回収できる計算になる。」

重症者の入院期間を4日間しか短縮できないのだが、そのコスト効果も見逃せないようだ。そしてなのだが、この薬はエボラ出血熱のために開発された薬だ。世界でも最も悪質で最も最低な病気に対する薬なのだが、残念ながら感染者数が少ない。そしてアフリカにエボラはだいたい止まって、この高価な薬を処方できる人は少ないのだ。

エボラ出血熱はエピデミックですら恐ろしい病気だ。致死率90%。だが真面目に儲かる薬ではない。何しろ感染者が少ない。いっぱい使われる薬ではない。それにかけたお金を回収できるのならまだ御の字だ。そしてもしかすると副作用での高額訴訟があるかもしれない。

あと特効薬ではないので処方量が多い。これがこの価格の理由でもある。日本で期待されているアビガンも大量投与になるので、安いわけではない。あと大量投与の副作用は、まだ全部わかっていない。

日本では新型コロナは特定感染症指定になったので医療費免除になる。


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明日からスーパーやコンビニの袋が有料化される。地球環境とマイクロプラスティック問題のためだが、実質消費税状況にある。明日から買い物をするたびに3円から5円の負担がある。で、日本はあの袋を丁寧にたたんで使い回す人もいて、ただだからこそのシステムがある。

地球環境に敏感なわけではないが、このコロナウイルス騒動で、逆説的にウイルスを広げる可能性としてマイバックが一瞬問題になって、消毒されている工業製品の方がいいのではないのかという議論があった。

だが粛々とコロナウイルス騒動を超えて、買い物袋が有料化される。そう、これは法であって法令だからね?

一旦停止してもいい法だったのだがちょっと面白いのが韓国であった。同じような法律を作ったのはいいのだが、あんまりにも急ぎすぎた。なので法案を発表して2日後に撤回したのだ。ただ中身は先進的なのだ。ある意味日本より優れているかもしれない。

だがなぁ、実情に合わせて20年間取り組んだのとは違うよなぁ。

6月29日

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晴れたり曇ったりで、気温も上がらず爽やかな天気になった。

そう、もうすぐ7月。晴れればあっという間に30度越えだからね。

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今日も泳いで、ホームセンターに寄ってスーパーに寄って買い物をした。ソーシャルディスタンシングがみんな板についてきたなぁ、そう思う。コンビニなんて行列が見えみくい状態でも、観察しあって、次が誰かを見ながら進んでゆく。結果的に割り込まれてしまったということがなくなった。ホームセンターでもせっかちな人が減った。そしてスーパーの行列で、真後ろすぐに人がいないのはとてもいい。あの早く終われ早く進めというオーラが感じ取れない。あれは嫌なものだった。あんまりなので後ろを振り返ったら、顔がそばにあったとか、あれは嫌だったぞ。

あと30日締め切りの支払いをすませておいた。30日は1日雨の予定だ。外に出なくていいようにした。

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今日本でも新型コロナ感染者が100人見つかったとか言っているが、アメリカでの1日の感染者数から比べれば100分の一以下、400倍は違うわけで、日本がとても安全に思えてくる。

そして今の感染者はほとんどが夜の街からだ。ただ夜の街って玄人でないとその生態はわかりにくいものだが、キャバ嬢の県をまたいだ出張とかホストは共同生活を行なっているとか、いろいろあるのだなと思っている。

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中国で新型インフルエンザが発見されたそうだ。G4 EA H1N1という。H1N1タイプなのでワクチンの製造も早いだろうが、次から次へとよくできるものだ。今回は発見が極めて早かっ宝、ひどいことにはならないだろう。

6月28日

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新型コロナ以降、色々なニュースが見えなくなっている。ネタとしてみえやすいのはBLM運動だ。だが一部の尖った人の話題のような気もしている。

ただ日本に置き換えるとなかなかに難しくなる。しかも東北にいれば本当に見えにくい。日本の代表的差別は、江戸時代の身分制度の残渣、アイヌ人問題、朝鮮人問題だ。東北、特に北東北で見えにくいのはそれぞれ人口が少ないからだ。そしてなのだがアイヌ人は同化政策によって文化も言語もクレンジングされてしまったので、東北にいればただ単に顔の濃い人となる。そして東北人にはアイヌ人より顔の濃い人はいっぱいいる。江戸時代の残渣は、これまた人口が少ない。そしてなのだが皮革産業を中心にいるので、必要とされるものを作っているのでむしろ貴重な存在だったと思う。朝鮮人問題は、盛岡冷麺がそうだが、気にしていない。

私は青森出身者だが、昔青柳通りの真ん中が公園で、そこにしだれ柳が植えられていた。そこに簡単な碑があった。それを読んだら「戦前に青森の人から大変な厚情を受けた、朝鮮人労働者が寄贈した柳の木で、空襲で焼け野原になった青森の復活を祈って植えられたものだ」と言った内容だった。当時小学生だったが、大変混乱した。朝鮮人差別問題があるというのは知っていたが、青森の人は差別しなかったのか?これは強制された公園なのか?だがしばらくして出た結論は、青森だからかなぁ、だった。

秋田の鉱山で戦前、朝鮮人労働者が暴動を起こした事件があった。ただそこの鉱山はえらく階層社会の厳しい会社で、エリートの食堂はボーイ付きで、社員食堂と労働者向けの食堂が分かれていたらしい。では岩手の松尾鉱山はどうだったのかといえば、ちょっとわからないが、福利厚生が徹底していた鉱山で有名だった。なので待遇は悪くなかったのかもしれない。それが盛岡の状況につながっているのかもしれない。

ものすごく簡単にいえば、みんな貧しい地域では差別は起きにくかったと考えている。

大学受験で長野に行った時、駅で差別はやめましょうキャンペーンがあって、面食らったことがあった。そう東北では本当に見えないのだ。

今では多分結婚とかで、相手が差別される側だったとしても、強硬に反対してくる親戚とかそう行ったのも少ないだろう。だから目立たない事象かもしれない。

アイヌ人差別に関していえば、もうちょっと考えるところはある。実は交易相手だったのだ。北海道の産物を彼らが集めてきて、それを和人の米と交換していた。江戸時代から徐々に和人が入植してきても彼らは気にしなかった。ただ必要以上に取りすぎるのが不思議だった。松前藩が成立してさらに入植が進み、間宮林蔵の冒険もあって、北海道とサハリンは日本のもの、となった。そして明治維新。日本の領土に住む人は全部日本人、だからアイヌ人はなかったことにされた。土地を奪われ同化政策が進められた。それは進んだ日本の叡智によるものだった。言葉はあるが文字のないアイヌ文化は否定され、日本人になれと強制された。

実は江戸時代から残る身分制度は、同じ日本人と規定されたことが逆照射した。大多数が同じではないというのを数え上げたのだ。次の朝鮮人問題も、日韓併合が直接的な原因だと思う。同じ日本人になったのだ。

ここが微妙なのは、先に併合した台湾人差別というのがあまり聞かないのに、なぜか朝鮮人差別がある。台湾人が日本に来なかったというのはあるかもしれない。では朝鮮人はなぜ日本に来たのかといえば、貧しかったからだ

そしてなのだが、日本人は違いの区別をつけたがる。同じ日本人なのになぜ違うと、区別しまくってその言動がまとまって、差別になった。そこにはある型がある。差別するに値するステレオタイプを作った。

一番は貧乏だということだろう。アイヌ人も朝鮮人も貧乏だった。被差別部落人も豊かだったとはいえない。その上それぞれ独自の文化があった。その際は日本人だからおかしいと言われてしまう。ただ、貧乏だと日本人の慣習を守ることがそもそも難しかったりする。

そして教育の問題はある。今も昔も才能があれば引き上げるというのはあると思うが、貧しければその機会も少なくなる。才能が見えやすいスポーツの世界で、戦後活躍した台湾人や朝鮮人がいるのは、教育とは少し違う世界だからだ。

実は貧しい日本人も差別の対象になると指摘しておこう。それは生活保護だ。1%以下がこの制度を悪用していると言われているが、大多数は日本人が受けているのだ。


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まとめて行ってしまえば、アイヌ人も被差別部落人も、朝鮮人問題も同じ日本人のカテゴリーに入ったから、多数の日本人から差別されたのだ。

なぜ差別されるかといえば日本人のメインストリームではないから。でもね、ほとんど同一民族だ。ひげの濃い日本人のアイヌ人も、目の細い朝鮮人も日本人も、ほぼ同一だ。

さてそれをいうならば行動障害者はどうなるのだろうか。日本人なのになんか違う人がいる、いじめられてはいないか?なんであいつはいつも空気を読まないんだとか、そうしてなんか厄介者にしていないのか。まあ逆に徹底的に空気を読まないサイコパス的な人もいたりする。逆になんでそれに同調するのと言いたい事例もあるのだが、だいたいそういった人物は優秀だ。

行動障害者に対する教育は、ここはこの30年間でかなり改善されているが、その間に取り残されたのが「引きこもり問題」だ。

同じ日本人なのになぜか違うから疎外されたのだろう?

そう、日本人は何を守りたいのか。守るものがないのに差別をしているという現実がある。

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ここにもうひとつ入れると、「使えねぇ〜」という言葉だ。

ここには上下関係がある。これは指摘しておきたい。日本人に安住しているからこういった言葉がある。

使えない奴を、使えるように把握しないといけない。同じ日本人だから、わかるだろうと無視しているから使えない。そう、日本人でもものすごく多様なのだ。切り捨てるのは簡単だ。

なんで白人だと甘いんだろうね。それはお客さんだからね。


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中国がアメリカやカナダ、ブラジル産の大豆のコロナウイルスフリーの認証を要求している。ニューズウイークだ。

米国・ブラジル・カナダの当局筋は23日、中国が輸入大豆について、新型コロナウイルスに汚染されていないとする安全性証明書を求めていることを明らかにした。」

これをアメリカと中国の貿易戦争の一端と考えるのは可能だが、ちょっと難しい。まず北京での感染者の発見があった。それが農産市場だったというのがある。そこでノルウエー産のサーモンからコロナウイルスが検出されたのだ。だがわかると思うが、どこでウイルスがついたのかは市場での検出なのでわからないのだ。ノルウエーのサーモンから検出されたというのは、実は考えにくい。それはHACCP基準以上だからだ

中国の首都北京での事件だったので、敏感になっている。

食肉や青果の輸出業者は先週、中国の海関総署が中国向けの輸出について安全性証明書への署名を求めたことを明らかにした。」

大豆に関しては地方で起きたことだという。

ただ大豆は加熱処理されないと製品にならない。油でもそうだ。なのでウイルスに関しては問題がない。

中国はそこまで不安定になっていると考えるべきだろう。

だが日本の5ヶ月間の感染者数の、2倍以上がアメリカで毎日出ている。なので仕方がないのだが、ある意味中国共産党は民意に忠実だということだ。

6月27日

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このところの雨で、雫石川の水量が増えていた。だが濁流になっていないというのは、山もカラカラからだったのだろう。

ということで今日も泳いできたのだが、最初っから全力モードで泳いでしまって、1500メートルで諦めた。

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大学生のバスケットボールの大会で、父兄も集まるわけだが、その車が妙に派手だというのが印象にあった。外車が30%程度、ミニバンもその程度。だがエルグランド・エアロパーツ仕様とか豪華なのが目立った。あとは極めて多様だが、日産のジュークをはじめ個性的な車が多かった。ダイハツのコペンが印象的だった。色もカラフルで、子供より親の個性が気になったものだった。

そしてたまたま総合プールの隣のアイスリンクで、子供のアイスホッケーの大会があったのだ。そこに居並ぶ車は、当然親のものだ。そしてなのだが、地方のマイナースポーツあるあるで、お父さんもアイスホッケー経験者か現在もアマチュア現役ということが多い。だからミニバンというのは圧倒的な選択肢になる。アイスホッケーは荷物が多い。なので大きめの車になる。そして子供がいたら、日本ではミニバンを圧倒的に選択する。

そう、居並ぶ車が国産ミニバンの上位機種しかいないのだ。アルフォードとステップワゴンが多かったが、その一番でかいやつ。他の機種も一番でかいのしかない。そしてキャラバンとかハイエースのようなでかい実用車は無い。更にだ、エアロパーツとかのゴテゴテがほとんどない。エルグランドですらシンプルなのだ。

そしてほぼ95%、白なのだ。100%といってもいいかもしれない。エルグランドですら白なのだ。

まあそれらがみちみちと駐車場に留まっているのだ。あれは圧巻だった。ここまで特異的なのはそうそう無い。

野球なんて本当にバラバラだぞ。

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新型コロナで25日アメリカで、約4万人の感染者を発見したという。そう、感染症は指数関数的に増えてゆくから、抑制に失敗したら後はもうどうしようもなく感染が進んでゆく。WHOもこの状況では何年もコロナと共生せざるを得ないと言ってしまった。

ワクチンもできたとして、ここまで世界的に広がると局所的な変異株が猛威を振るう可能性がある。そして抗体による免疫機構も、抗体という印がつけられたから自動的に白血球が食べて、白血球はが感染してウイルスを増殖してしまい、白血球は減少してゆき、免疫機構の一角が崩れてしまう。その際に最終兵器の活性酸素を大量に出して人体がボロボロになる。その可能性がどこまであるのか。これがわからない。

ワクチンはトロッコの話に近い。あなたはトロッコ列車の分岐点にいます。左には工事作業員が五人います。右は線路の終点です。トロッコには三人乗っています。左に進めば工事作業員五人が死にます。右だと車止めに突き当たって三人が死にます。多分これに近い。

現代の科学で絶対安心のワクチンをいま開発しているが、それを使うと副反応が100万分の1あったとしたら、70億人の世界だとして7000人になる。まあいま現在万単位で人が死ぬのだから倫理的に正しいと言えるかどうかだ。

そしてなのだがサイトカインストームがなぜ起きるかを解明しない限り、安心できることはないと思う。

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なんで日本はこうして平和なのか、岩手県には感染者がいないのか。その偶然はどうなるのだろうか。

その意味で更に強毒型に変異したウイルスが持ち込まれないことを祈ろう。

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そろそろリモート風俗という、今までと違う風俗ができている気がする。客からすれば選び放題なのだが、店からすれば客を選ぶというものだ。
問題はだ、今までより話芸が達者でないと厳しいかもね。

6月26日

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今日は1日雨だった。ただ気象庁の短期降水予報も1時間単位の降水予報も、今日は外し続けた。この季節では結構珍しい。レーダーサイトの定期検査なんかで止まっている時には、外れやすくなるのだが、確認したところそう言ったことはなかった。国土交通省系のレーダーが止まっていたとしてもそうそうないのだ。
多分なのだが、季節の割りに雲がかなり低かったのではないかと思う。レーダーは秋田と仙台・函館にある。あと国土交通省系では盛岡市にX波ドップラーレーダーがある。なので大丈夫そうなのだが、秋から冬のように雲が低くなり始めた時期にこの予想が外れやすくなるのだ。雲が低くなると3カ所のレーダーの電波が拡散してしまい、ちょうど岩手県上空が正しく観測できなくなるのだ。国土交通省のレーダーはピンポイントに近く、まだ気象庁はそれを予測に組み込むのに難儀しているように思う。
このためソフトの補正を入れなければいけないのだが、この時期にその補正を入れることはない。なのでレーダーでは盛岡上空は雲がないことになっていた。
アメダスが拾えない細かい雨が多かったというのもある。

午後は特に細く降り続けた。

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今日は金曜日だと思い出して、ATMからお金を下ろすのと、ついでに買い物に出た以外は、1日家にいた。やったことといえばプランターにユリと桔梗が植えてあるのだが、それが見苦しくなってきたので支柱を立てて縄で囲って仕立て直したり、以前から考えていた、「盛岡ではビオラやパンジーは多年草扱いにできるんじゃないのか」仮説を実証するために、ビオラの株を根本から切り戻してみた。もともとスイスあたりの高山植物だったので夏の暑さには弱いのだが、それはほとんど蒸れによるもので、その間にうどん粉病にかかりやすいという感覚があった。そしてたまたま生き残る株もあるのだ。切り戻して若芽を出して、夏を越させることができるのではないのかと考えている。
いちごの苗の若返り作戦は今の所順調だ。ランナーを出している。それがどこまで大きくできるかが味噌だな。

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新型コロナの国内報道に明らかな変化がある。まず新規感染者が出たという情報はなかなか全国区に出なくなった。もう一人や二人では話題にならなくなっている。それでは今話題といえば徳島県の新規感染者1名だ。何故彼女が報道に出るのかといえば、まず風俗系の従業員だったということ。大阪の店に出張で働いた後ホストクラブによったということ。帰りは深夜バスで帰ったということ。つまり話題になりそうな、風俗店とホストクラブと、公共交通という3本立てがあったから報道に乗った。東京都の感染者拡大も、ホストクラブや風俗営業に声をかけて従業員のPCR検査を進めた結果だと言われているが、遠巻きに風俗にはゆくな、カラオケにはゆくなと報道はしゃべっている。

その意味では最近ほんわかした記事が多い。ウイズコロナでどうのとか、新しい試みだとか、これからをどうするのかというのが重視されているようだ。

実はだ、NHKニュースですら文字数が減っている。もともと語り言葉なので文字数は少なかったが、かつて1分間に400字と言われていた速度より明らかに遅くなっている。新聞はかなり前から文字数が少なくなっている。今や朝日新聞を超えるクオリティペーパーになった日経新聞ですらかつてより文字は少ない。

これは高齢化が大きい。テレビはゆっくり喋らないと彼らに伝わらない。新聞は文字を大きくして読みやすくした。結果文字数が少ない原稿と、そもそもの出稿量が減った結果だ。そしてなのだが、海外ニュースが減った理由もここにある。そして特に海外ニュースの場合解説をつけないとわかりにくい場合もあって、本当に出稿量が減ったと思う。

今ネットの時代だから調べたいと思えば自分から調べられるが、ニュースが「聞きたくないことは伝えません」というのもどうなんだろうかな。

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これはニューヨーク州の抗体検査などから推測されていたものだった。

米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長は、アメリカの新型ウイルス感染者数について、実際は報告数の10倍以上とみられるとした。」

今まで研究者がどの程度「無発症・軽症者」がいるのか推測してきた。だが決定的な答えはなく、把握された感染者の2倍からそれ以上というのが答えだった。ここに10倍というお墨付きがある数字が出た。多分12倍を想定しているのだろうと思う。ニューヨークのデータからそう思う。

ただここで注意なのだが、感染者数が多いと「無発症・軽症者」が問題になるということだ。例えば1000万都市で0.1%の感染者が発見された場合、1%の10万の「無発症・軽症者」がいるわけだ。そこからの指数関数的な感染者増大は計り知れない。だが同じ1000万都市で0.01%の感染者の場合「無発症・軽症者」は1万人だ。感染拡大を抑制する手段はまだあるのだ。

アメリカの場合手がつけられなくなった状態にある。で、ものすごく怖いニュースがある。ニューズウイークだ。アメリカ南部での感染爆発は変異株が現れたのではないのかという話だ。まだ査読中の論文だ。

「「変異により、ウイルスの周りのスパイク(突起)タンパク質の安定性が高まり、スパイクタンパク質の数が増えた。スパイクタンパク質は、標的細胞にとりつくために欠かせない役目をするので、より安定したスパイクタンパク質を多く持つよう変異したウイルスは、当然ながらより簡単に標的細胞と結合し、細胞内に入り込む」

プレスリリースによれば、チェと共同執筆者のマイケル・ファーザンは20年近くコロナウイルスを研究してきた。」

感染者が多いと変異株も増える。もしもその通りの変異株がアメリカにあるのなら、多分世界大恐慌以上の大恐慌が起きるか、戦争が起きるかになるのではないのだろうか。


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前から少し書きたかったことがある。なぜコロナウイルスで中国とアメリカが対峙するのかだ。

中国は共産党独裁だけど、なんか大衆的でそしてとっても資本主義的な国だ。そのための舵取りとして国内プレスリリースと国外プレスリリースが違うのだ。国内向けは共産党に有利なように、対外向けには威勢のいいことを言いつつ真実も漏らしたりする。そして対外向けは大抵威勢がいい。その中に世界の反応を見るブラフがある。

国内統治の言葉と対外の言葉は違うことがある。だから世界は昔っから人民日報の裏取を続けていたのだ。それは中国国内のニュースと対外向けメディアまで含めた複合的な研究、そして今ではSNSの参照まで使われている。

中国はこの新型コロナで情報提供をしたというのは事実だ。WHOから主要国にゲノムデーターを迅速に送ったのは確かだ。そして彼らなりの情報発信は続けた。

だが世界は中国が国内向けに行った問題を言っているのだ。どうゆうことか?中国は信用できないので、ありとあらゆるデーターを取っていたが、決定打は問題を医者同士で共有しただけで罪にされた事件だった。それは国内問題だった。だが中国国内でも問題になったのだ。

これをアメリカが中国が隠蔽したという点だ。国内問題も国外問題も透明化しろというのが、資本主義的な考えだが、中国にはそう言った考えはない。対外向けと国内向けが真逆だった時点で、全く信用できないと烙印を押されたのだ。

中国には同情する。世界で一番情報操作を研究してきたはずなのに、今現在世界に対する情報操作が全くできていない。国内問題が大きくなりすぎてパンク寸前だと考えている。

だがここまで裏目にでるのも滅多にない。善意で送ったマスクや防護服や検査薬は拒否され、国内向けの報道は、例えば「世界ではこんなにひどいのに共産党の力で中国はここまで抑えられています」とかの報道をすれば、その国からクレームが外交筋から入る。それは中国の報道体制でも官製側が書くのだから、つまりメディアが勝手に書いたとは言い切れない。

国内をどうするのかということで勇ましく、台湾問題や尖閣諸島からインド国境問題を再燃させているのだが大丈夫なのか。まるでかつての日本を見ているような気がする。

そう、私はあの老獪な中国を尊敬していた。だが今あるのは本当に行き当たりばったりの我が国のような、それでいて13億人の巨像なのだ。

別なブログサイトに習近平氏が国家主席になった時に哀悼を書いた。あの時点ですら中国共産党トップになるというのは恐ろしい話だった。私だったら絶対逃げる話だ。色々政治闘争とかいうけど、それ以上に13億人を豊かにできるかという困難、しかも世界で一番科学的で平等な共産主義国家で、しかも毛沢東主義の資本主義ちゃんぽんの国家で、既に不可能が予想されていた。

現在では国家首相が、最低の貧困層の解決はできたがまだ6億人の貧困層があると言ってしまった。

ということで、アメリカもそうなのだが、中国もその巨体を知らない。

多分今の世界の問題はこれだ。そしてなのだが、「中国共産党は国民に奉仕する」理念を忘れている。

6月25日

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アメリカCDCがプールについて指針を出していた。結果だが、ものすごく混んでいなければ、感染しにくいというものだった。一人や二人感染者がいたとしてもプールの水の量がはるかに多い。なので希釈されて確立はほとんど無視できるというものだった。問題は、更衣室やロビーが問題で、ソーシャルディスタンシングが必要だという。海も同様に大丈夫だが、やっぱりビーチの混雑状況の方が問題になるという。


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非常に当たり前の結果だ。ということで泳ぎにゆく。
途中の雫石川の水位がえらく低くなっていた。

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仕事の合間だったので1500メートルだけで出た。
仕事に戻ったら雨になった。

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BLM運動のおかげでアメリカの黒人の歴史がよくわかってきた。わかってくれば来るほど居心地が悪くなる。日本人はなんとなく白人枠に入れられているけど、大人しくて無害だからであって、実際は馬鹿にされているのだろうなと感じてきたのと、日本人にも差別というかある。普段は見えないから無視しているけど。ついこの前までのネトウヨの元気だった頃を考えれば、不気味さはある。

イギリスの話で19世紀に黒人のあそこがでかいから絶倫だと言われて、それが日本に伝わっている。だが誰も確認していないと思うんだがなぁ。
俺は見た!と言ってもその人だけだろ?

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この後、ビールを飲んでひっくり返っていた。

さよならオリンパス

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父がオリンパスのユーザーだった。なので必然的にオリンパスのカメラの歴史はわかる。そして譲り受けたOMー1から私のカメラマンの歴史がある。OMー1、OMー1N、OMー2、OMー2N、OMー40、そして写真のOMー4Tiと一眼レフボディーを渡り歩いた。デジタルもE-20から始まった。コンパクトカメラも当然ペンシリーズは知っているし、XAシリーズは全部持っていた。μも使っていた。

ではなぜ24日に日経新聞がオリンパスがカメラ部門売却を報道して25日にこれを書いているのかといえば、BBCとCNNが報道していたからだ。

実はオリンパスのカメラは海外での需要が多かったのだ。しかも全機種なのだ。最初の中判カメラのオリンパス6から、ハーフサイズのPENシリーズから、一眼レフのOMシリーズから、ほぼ全部だろう。ミラーレスデジタル一眼も最初はオリンパスだった。なので記憶にある限り、オリンパスのカタログで全面日本人が出てくるのは、OM-40でしかない。あれは篠山紀信の「カメラ小僧」というキャッチコピーがあったからこそできたと思う。あとは日本語版でもモデルは全部外国人だ。

報道では、スマートフォンとの競争に敗れたと言っているが、海外だと競合する立場であった。それでは日本国内ではということなのだ。

そもそも負けていたのだ。昔倒産前の北海道新聞のカメラマンと話をすることがあって、私がオリンパスを使っているというと「あのレンズはプラスティックだらけじゃないか、実際分解して指で割れた」と恐ろしいことを言っていた。

まあそんなものなのだよ。何か丈夫であるのが重要だった時代があった。丈夫であるかどうかというのは、触ってどうかというものであって、重ければ重いほどいいというのもあった。そして我慢して使うのが高級機という考えもあった。

逆にいいスナップを撮影しても「軽いカメラだからフットワークが軽いんだね」と評価される。そもそもオリンパスを使うだけで色眼鏡をかけられていたように思う。それを知っているから近年「オリンパスブルー」と言われた時には逆に衝撃を受けた。私がOMシリーズを使っていた時には、そう言った評価はない以前に、無視されていたからだ。

オリンパスを使うのは理化学系か自然系か特殊用途であって、それ以外の保守的な業界地盤では異端であった。

何かいつもひどい目にあったように思うが、それでもなんとかなったのはレンズが素晴らしいことと、逆に評価の悪いカメラを使うギャップを腕でカバーという考えもあった。

ただオリンパスという会社は普通に考えられるほど、普通な会社ではない。そもそも最初が弁護士が思いったって国産の顕微鏡を作るという話から出た会社だ。誰もができないというのを成し遂げたところから、光学機器メーカーとして出発した。レンズ生産は戦前からだっと思うが、その流れでカメラ部門は戦後にできている。これがオリンパス6だった。日本製のカメラ輸出の実は最後尾になる。で、売れに売れて改良機種を出すかといえば出したのだがしりすぼみになる。ちょうどその頃米谷という新入社員が入ってきた。彼に社員研修でカメラを設計させたところ、これが採用。爆発的なヒットを生むハーフサイズカメラの誕生だった。そこからOMシリーズやXAシリーズに繋がるカメラメーカーの地位になる。

オリンパスのカメラの輝かしい歴史なのだが、その裏でものすごく開発費のケチな会社というのがある。これは医療部門に開発費を投入していたからというのはある。だがそれにしても開発費の中断というのがものすごく見えるのだ。OMシリーズのレンズは最初に設計した天才技師のものだ。彼はシグマに移籍したと思う。そこから先、何本レンズを作ったのかというのがある。伝説の90ミリF2は、社内に人がいなくなってOBをかき集めて作ったプロジェクトだと聞いていた。

オリンパスの変なところはコンシューマー受けの金看板のカメラ部門を、だいたいその歴史から常にないがしろにしているのだ。真面目にテコ入れする気がない。いつもそうなのだがたまたま素晴らしい人がいて、素晴らしい企画を立てて素晴らしい商品ができるだけで、間のブランド維持は全く考慮に入れない会社でもある。ここまでしない会社も滅多にないくらいに何もしなかった会社だ。特にOMー4Ti以降の期間は素晴らしく長い。

真面目にいうが、カメラに思い入れが全くない会社だということだ。意地でも維持しているペンタックスとは雲泥の差だ。それは社歴があるからだろう。オリンパスはカメラが祖業ではないからだ。

これは、会社がコンプライアンス違反をしたと社内提訴した人物との訴訟が継続中というのや、粉飾決済のこともある。

オリンパスからニコンに変えた理由は、オリンパスの技術投資能力に疑問があったからだ。それはOMシリーズを使っていて常に思っていたことだった。あとE-20のズームレンズの構成と、フォーサーズの高級機種のレンズの構成が同じだったのが1番の問題だった。あのレンズでは歪曲収差の問題が解決できなかったからだ。ただあのマクロレンズは使いたかった。文句なしに50ミリマクロは素晴らしい。

そしてなのだが、取引先からニコンかキャノンに移行するように言われたのだ。それはレンズではなく、デジタル処理の効率化のためであった。当時のオリンパスの画像生成エンジンは癖があった。ただこれはデジタル初期の話で、写真を提供する側が印刷レベルを保証しなければいけないと言われていた頃だった。そのため源流まで保証が必要になった。ただ当時ミノルタもオリンパスも印刷向けの画像処理を考えていた。だが保証を入れなければいけない会社は、多分なのだが絶対フォトショップにかけなければいけない脅迫にとらわれていた。

まあE-20の画像に手を入れると、確かに厳しかった。実はこれはキャノンでもあるのだが、さすがキャノンだと思う。開き直っている。

そしてニコンに決めた。安かったし真面目な会社だ。確実なレンズがあった。だがそれでも本当に移行期には苦労した。

真面目にいうぞ。AFニッコールはものすごく嫌だった。特にワイド側が単焦点レンズでもクズだった。許しがたいのは21ミリだ。あんなゴミは知らない。35ミリF2.8のぐるぐるも我慢できなかった。あの名レンズと誰もがいう85ミリF1.8も何を持って名レンズというのか?

私が好きなのは繊細でコントラストが高い画像だ。当時のニコンは細かいだけで繊細ではなかった。だがオリンパスは絶対改良した素晴らしい機種やレンズを作るとは思えなかった。だから我慢した。

それが改善したのはニコンが投資したからだ。継続的に。レンズ設計のシュミレーションソフトを作ったりずっとしてきた。結果我が家のニコンのレンスはかつてのオリンパスより繊細なレンズが揃った。

結論から言えば1990年からオリンパスのカメラ部門は、切り離されるべきだった。研究開発は伝統的に偶発的な成功があって生きながらえてきただけでしかない。そして素晴らしい製造部門があっても経営が何も理解していなかった。経営とは?

なので残念ながら売却されるオリンパスのカメラ部門に、哀悼の意を示しながら、おめでとうと言いたい。あの無能な経営陣で30年以上よく頑張ってきたと思う。作る技術があっても、作らせてもらえなかったと思う。それがなぜかというのはわからない。だがコンシューマーを遠ざけて、必要のないニコンやキャノンやコンタックスやライカとの神話論争に負けて、ブランド育成に失敗し続けた、その伝統ある歴史から離れられるのだ。

おめでとう。心からおめでとう。

本当に酷い目にあったと思う。辛い今後はあると思うけど、今を祝わないといけない。未来あれ。

さて私の思うオリンパスの最高傑作は、コンシューマー部門ではXA。スライドレンズバリアとカメラ起動の当たり前を最初に作ったカメラ。不安感のない使い勝手と手動ピント、外付けストロボと、絞り優先露出などマニアックなのだがとにかく小さい。特にスライドレンズバリアは傑作で、カメラ史上3本の指に入るデザインだ。これはμシリーズにも繋がるが、いずれコンシューマーカメラとしては画像が優秀。

プロ部門なしで、一眼レフ部門は傑作なしの傑作しかない。OM-40だと思う。実は丈夫なんだけどねぇ。画期的な評価測光とか色々あるし、後に続くはずだったのに、オリンパスはこの後フィルム一眼レフ開発をほぼ辞めてしまうんですね。

レンズはほぼ全評価。特にワイド系が素晴らしく、暗いレンズから明るいレンズまで設計年度からゆけば素晴らしい。わい曲収差が美しいのが特徴だ。ただ今のニコンはそれを超えた。特に35ミリF1.8は素晴らしい。

オリンパスのレンスでこれは凄かったというのを言えば、マクロレンズグループ以外では、100ミリF2だろう。あの繊細さは比類がない。

本当に投資してこなかった会社だったなぁ。カメラ部門が他社に行って、幸せになるのを真面目に祈る。

6月25日

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今年の我が家のプランターのイチゴで、最も形がよく色もいいのができた。ヨーグルトに乗せていただきました。

株が老化してランナーを出さなくなって、もう何年なのだろうか。昨年秋に無理やり移植してリフレッシュさせた。なので今年は収量は少ないが味はいい。ただ流石に四季咲き性の紅花の半八重の品種なので、国内のイチゴより香りが弱いが、観賞用のイチゴとしては抜群にうまい。ただ品種名を忘れてしまったんだな。タキイ種苗が種から育てられる品種として、確かサヒン社を買収した直後に販売したものだった。F1プロヴァンスだったかなぁ。

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最近「日本人感」という言葉が出ているようだ。モデルで俳優の水原希子さんが、ツイッターで「水原希子は、日本人感を出さないで欲しい」と書いたのに対して「私がいつ日本人感出しましたか?日本国籍じゃなかったら何か問題ありますか?29年間、日本で育って、日本で教育を受けてきました。何が問題なのか全く分かりません。」と答えたのが炎上したというのだ。

彼女がハーフでアメリカ国籍というのはあるが、彼女の答え通りだとしか言いようがない。タイ人とのハーフとかフィリピン人のハーフとかも知っているが、日本で育った限りは日本人だと思う。むしろ私のような行動障害者の方が、ある意味外人だと思う。

その意味で「日本人感」てなんだろう。定義不明なのだ。「日本人」を定義しろと言われて、ラグビーワールドカップの時にあたふたしたはずだ。日本人の庶民の感覚ということなら、安倍晋三も麻生太郎も、外国人だろう。あれは貴族だ。宇宙人だ。そして炎上に参加した日本人男子は、その日本人らしさという定義から外れてはいないだろうか。清濁併せ持つ強さというのを忘れてはいないだろうか。

ちょっと悩んでしまった。その標準的「日本人感」という空気はなんだろうか。

自粛警察からどんな状態でも風俗を擁護する方々まで、このコロナ状況での炎上だ。確かに様々なストレスもあるのだろうが、一歩下がって考えてほしい。日本人とは何か定義できるのか。

残念ながらSNS世界はでは日本人お得意の「空気」は伝わりにくい。リツートやいいねとかの数ではない。わかるのは数だけであって、空気は実は読めない。

昔立派な日本人とはどうかと考えたことがあった。その結果は、日本人の伝統的様式の生活を行うためには、ものすごくお金がかかるということだった。具体的には言わないが、昭和30年代と比べてもかなり厳しい。結局人間関係をうまく回すためにはお金が必要で、それがうまく出来る人が様式美に沿ってできる。それが立派な人だという結論になった。

それは日本人特有の僻みや嫉みから逃れるための手段だった。ホリエモンは様式美を否定したから、否定されたのだ。

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日本人感、裏がある。

実はこの「感」を入れただけで日本の階層社会というのが滲み出てしまう。例えば底辺での助け合う日本人という考え方と、中流と上流ではその「感」が違う。助け合って人間関係がめんどくさい底辺より、スマートに解決できそうな中流の方が簡単だろう、そして金にものを言わせる上流との意識の差、努力したかしなかったかとか、意識が低いだの高いだの、そもそもあの家がどうのとか、あの田舎がとか、まあめんどくさい時に一発解決は「他者の排除」だ。

そもそも階層を肯定した時点で話は終わっているのだが、延々と続いている。

それ以前に「空気」はなぜ出来るのかは、誰も解明できていない。仮説として、日本人は極めて多様で個性が強い。このため妥協というのが常に生まれている。逆に破綻することも多い。階層の上層に常にその解決を求められているが、政治家でできる人は限られている。ここにはお金の問題もある。単なる権力の貸し借りだけではどこかに無理が出るからだ。

時間がかかることの前にまとまるためには、とりあえず敵を作る。これが単純な利害関係だけだったらわかりやすいが、社会を安定させようとしたときに、「空気」が生まれる。そしてどうしようもない時に「他者の排除」が起きる。

問題はそれが制度化された時だ。

簡単な例はいじめだろう。


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日本人の定義が最初にできたのは、間違いがなく明治維新前後の話だ。西洋化と近代化を一気に推し進めた。だがその裏では江戸時代まで続く神道体系を一気に破壊する、廃仏毀釈が行われた。そしてだが近代的な系統だった神学体系として、「やおろずのかみ」を国学思想に準じて一気にリストラした。「系統づけた」という言い方もあるが、問題のある行為だった。

LGBTに関して寛容といおうか、逆に変だった江戸時代から、キリスト教・ピューリタニズムから潔癖症を受け継いだというのもある。

実は色々後で矛盾ばかり引き起こしている。


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なお私の中でこれは極端だと思う日本人の定義がある。「そこ」に「何か」がいるという嗅覚だ。そしてアジアらしい。ただ心霊系ではない。

神棚を祀ろうが、神社にお参りしようが、そこに何もいないのをわかっていれば、それは日本人だ。

「ある」ことを知っているのが日本人だろう。

6月23日

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コロナに関して、ポピュリストの政治家がトップの国の感染者は多く、独裁者の国は少ないという仮説を出してみた。ただこれは比較するだけ無駄だった。
まず死者が第1次世界大戦より多くなったアメリカだが、人口に対する感染者数はロイターの6月23日調べで、0.71%だった。ブラジルは0.52%、ロシアは0.49%、インドは0.03%、イギリスは0.45%だ。もうこの時点で調べるのをやめた。比較するためにカナダは0.27%とアメリカに比べると低い。だがインドの9倍の感染率だ。しかも人口密度からゆけばこの程度で済んでいるのがおかしい。

明るい北朝鮮とも言われるシンガポールは、外国籍労働者への待遇が悪かったため感染者数が増えてしまったが、それでも0.73%。ただすごいのはコロナの死者0.06%なのだ。アジアのトランプ・ドゥテルテ大統領のフィリピンは0.028%。彼よりマシなジョコ大統領のインドネシアは0.017%。で、中国に関して計算しなかった。もう無駄だとわかったからだ。

この時点で相関関係はない。強いて言えばフィリピンやインドネシアは島国だ。しかも日本より小さい島が集まっている。なので検疫しやすいというのもあるが、やはりアジア人はなぜかこの感染症には強い。ロイターでのコロナに感染して亡くなった方達の割合を見ると、北米は5.31%、欧州は7.99%、中南米が4.66%、アジア圏が2.80%、中東が2.43%、、アフリカが2.33%になっている。

つまり北米とヨーロッパがおかしな値になっているのだ。正直に申告したからそうなったとも言える。統計の精度が高いというのもある。だがアジアの例では中国の数字は比較的操作されていないと思う。でも圧倒的に感染者も死者も少ないのだ。

実は各国の対応で、シンガポールモデルとか中国モデル、台湾モデル、韓国モデル、ドイツモデルや、誰もが謎と言い切る日本モデルとか色々言われているが、今数字の時点で、もうモデルという考えはないと思う。自国を把握した上で適切な対応をした国が、コロナの被害を最小にできたとも言えそうだ。


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ただもしかすると、社会主義的な社会、コミュニタリアンな社会だと死者が少なくなる可能性があるかもしれない。きちんと調べたわけではないがヨーロッパでは適応できそうだ。実はマックス・ウエーバーの「プロテスタントの倫理と〜」の地図に当てはまるのだ。

コロナ感染死の割合は、まずイタリアやスペイン・フランスのようにカソリック圏で多い。これは儀式に伴う問題など社会生活があるのではないのかと思う。プロテスタントでもカルヴィン派が強いイギリス・オランダ・ベルギーは12%オーバー。ベルギーの15.97%が最高だ。ここには人口が緻密だというのも置いたほうがいいかもしれない。それでは北欧は?スエーデンが免疫獲得を目指した結果、ただあの国はもともとそういった「自然に寄り添う」傾向があって、体を寒さに慣らすためには赤ん坊からとかそういった思想がある。それでも8.38%。ドイツを含むルター派の影響の強い北欧までの国の平均は5%。ノルウエーのように普段からソーシャルディスタンシングな国だと、2.84%になっている。

なお旧共産圏では昔が残っているというのはあるかもしれない。コミュニティーがきちんとしているから死亡率が低いと言えるかもしれないが、ハンガリーだけが突出して死亡率が高い。13.95%。ブルガリアの5.2%が次点なのでここだけ何かがある。

人種的に白人がかかりやすくて死亡しやすいというのはあったが、細かく見てゆくと人口密度の問題から様々検討してゆかなければいけない点がありそうだ。宗教ではカソリック・プロテスタントカルヴィン派のエリアとルター派のエリアで死亡率が違う。同じカソリックや東方教会系の強い中欧ではなぜかハンガリーが突出している。

カナダの感染して死亡した人の割合は8.3%と高い方になる。。アメリカの5.18%と比較するとこれまた不思議に感じてしまう。

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本当にどう対応していいのかわからない。ファクターが多すぎるのだ。
だが一つだけわかっているのがある。アジア人は感染しにくく死ににくいということだ。

だが本当にわからないのは、なぜ日本の感染者が人口比で0.015%なのかということだ。ロックダウンもしなくて、政府からの「自粛」の「要請」でこの数字なのかということだ。そしてあのインドが日本の倍の感染者率だということ。インドの統計はいい加減で有名だが、逆に言えば日本の感染者数が多いとも言えるのだ。

だから、あまり海外との比較はしないほうがいいと思う。謎が謎を呼ぶからね。もはやマスクの習慣がどうのとか、手洗いがどうとかのレヴェルではなくなってきている。

わかっているのは日本では偶然うまくいったということだけだ。そして岩手県は、ほぼ偶然だけで無感染状態になっている。

謎なのだよ。

6月22日

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マスコミがコロナ感染第2波とか言っているが、それっておかしいじゃないかとずっと書いてきた。いま現在が第2波だ。ウイルスの型が違うからだ。次のは第3波だ。だがなぜ第2波というのだろうか。

まず専門家がそう言っているというのはある。だからマスコミもそう書くのだが、それではその根拠は何かということだ。これは多分なのだが、海外と比較してということだろう。確かに、アメリカやヨーロッパなどほとんどでは明らかに今が第1波だ。そう、東アジア圏だけの問題なのだ。初期の武漢型と今のヨーロッパ型がある。日本で現在流行中なのはヨーロッパ型だ。

ではなぜその見解を述べないかといえば、世界的流行を強調したいためだと考えている。なので世界に合わせて「第2波」というのだろう。だがそれでは日本のオリジナルの対策は考えてきたのか?専門家はウイルスの型とかもわかっているのに、なぜ世界同一にしたいのか。

実はここに二つ何かがありそうだ。まずは海外コンプレックス。これって初期のPCR検査でもあったのだが、日本はPCR検査能力も感染症対策の病床確保も難しい状況にあった。そして誰もが重症化するわけでないということから、検査を抑制してクラスター対策に重点をおいた結果だった。だから明らかに怪しい症状の人でなければ検査されなかったし、37度5分の発熱が4日以上で空咳が続くという症状がないと、いやこれより重くなければ検査されなかった。クラスター対策は一網打尽にできるが、足で稼ぐ細かい仕事で、ミクロ対策とも言える。

だがこれは一つの考えだ。最近トランプさんが医療崩壊を抑えるために検査を抑制したと発言したが、アメリカの考えはクラスター対策の人件費よりPCRの方が安いということだ。ヨーロッパでもそうだ。韓国も中国もPCR検査でマクロ動体を見るという考えがある。あえて両国が大量のPCR検査をしたのかといえば、大衆の不安を取り除くためだ。その上でのクラスター対策でもある。だがPCR検査でマクロを見た上で政策を考えるというのが彼らの基本だったとおもう。

ではなぜPCR検査をもっとと日本人は叫んでいたのだろうか。政府が信用できないからというのはある。だが海外事例と比較したためだと思う。だがもう少し日本にはデリケートな問題がある。感染発覚がわかったら村八分が起きる可能性もあるわけだ。それを政府は考えたかどうかはわからないが、感染症対策の専門家は考えただろう。なぜかといえば、政府は専門家に問題を丸投げしていたからだ。

スマートフォンの普及率が60%大の日本で感染予防アプリcocoaを政府が採用したが、中国とも韓国とも台湾とも、二ヶ月は遅い。おまけに名前が「カカオトーク」とかぶっていて未だ実感は持てない。東京で100%の普及率になったら意味があると思うが、感染したかどうかは自己申告制度なので多分実行力はないだろう。

政府は海外事例から比較して言われていることを実行しているだけにすぎない。そしてなのだが求める側も海外事例か根拠にして求めているように思える。

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第二波もそうだしココアもそうだが、整然と行なっているように見えて実は全部後追いだというのが日本の対策だ。結果として後追いの方がよかったというのはあるが、どうもその下にある哲学があるのかどうか釈然としないのだ。

それはマスコミもそうだし、専門家もそうだ。丸投げしまくった政府は、訳のわかんないアベノマスク配布に手間取ったり「危機に強い内閣」というキャッチーな言葉を無残に壊してしまった。

そう、誰も責任取らないんだよ。でも感染症だから責任問題というのはないはずだ。ものすごく慎重に暮らしていても感染して重症化して死亡することはある。だがその偶然を誰もが偶然として置けないから、ものすごく変なことになる。

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例えばイベントで飲食禁止なのは、そう言った食べ物での相乗効果で楽しくなるからだ。だからアルコール禁止は正しい。そして唾液を飲み込むお茶とかだったら望ましい。食べ物は唾液の分泌を高めるから、万が一がある。だからレストランとかは客席設営が難しくなって、対面というのが難しくなるのだ。さらに大声でのお喋りというのは、つばの飛び具合がどうなってんだかよくわからない。

だが感染拡大防止のためにマスクを外すのがダメだからといえば、それは違うのだ。

考え方が違うのだ。

海外事例を入れてそれで政府批判は簡単にできる。だが根本的に全く違うのだ。

なんで誰も考えないのかなぁ。

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誰かに言われないと動かないというのは、あまり良くない。結果がよかったとしても、それでは後に続かないからね。

ただ日本は過去の遺産で、その保健所とか感染症対策の部署の伝統とか、医療の努力とか、そう言ったもので今日になっている。それはいまの政府の考えではなくその上に乗っかっているだけで、新しいものを出したわけではない。

それがたまたまうまくいっているというだけだ。

6月21日

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あいも変わらず泳ぎにゆく。

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プールは比較的混んでいた。というのも親子つれが多いからだ。毎年そうなのだが、この季節は学校で水泳の授業がある。なのでその前に少し練習しておこうというものだ。だが極端に違うグループがある。親が元競泳選手か、そうでないのかだ。元競泳選手の場合は大抵お父さんで、手取り足取り教えない。ほぼ放置だ。なぜかその方が子供はうまい。多分スクールの通わせて、直前に確認程度で一緒に泳ぎにくるのだろう。そしてそうでない場合だが、大抵母親だ。で、褒めることしかしない。それはそれでいいのだが、それ以外は無頓着すぎて、どうなのかなぁと思って見ている。

プールで隣の口臭が臭いと思ったのは初めてだった。

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どっかのコンサルがコロナ期の子供の自宅学習について、「親子関係が壊れる可能性があるから教えちゃダメだ」と書いてびっくりした。水泳の場合は顕著にあるのだが、全部だと言い切った。このため学校とうまく連絡を取合い、子供をうまく誘導させる方向でないといけないというのだが、そっから先はコンサルらしいスキルだった。

全部教えるなというのはどうかと思うのだが、確かに教えるというのは、片手間では難しい。子供とじっくりと向き合って、興味が出たところで優しく誘導してゆかなければいけない。その時間が取れないなら、やらない方がマシというのは確かにある。

水泳の場合親が教えて成功した例も、ほぼ毎日2時間子供とプールで遊ぶことだった。そこから少しづつ誘導して2年はかけていた。ちょっと面白いのはいま2番目の子供に教えているのだが、こちらも遊んでばかりなのだが、お父さんが要領を覚えたのか子供が器用なのか、それとも男の子と女の子の差なのか、サクサクと覚えてしまっている。でも家族でここまで違うのかと見ている。

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夏至で部分日食だった。こんなちょっと欠けただけなのだが、風が冷たくなった。
さすが太陽系最大の熱核融合炉だ。

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コロナも県をまたいだ移動自粛解禁で随分全国的に人出があったようだ。

またぽちぽち発生しているのが気になる。

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政府の開き直ったような対応も気になるなぁ。

6月21日

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快晴だった。もう何も言うことのない天気だった。

ちょっと仕事をした。

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新型コロナに対していま戸惑いがある。それは日本ではその第一波を抑えられたとも言われているが、日本人的潔癖症では、全国で感染者が発見されないのを2週間以上続けていないと抑えたとは言えない。だが現実には経済が回らなくなるので、何かなし崩しに緩和措置が取られている。

私は経済派なので緩和はいいのだが、それでは事業者の責任はどうなるのかといえば、重くなると誰もが考えている。なので実は慎重派でもあるのだ。その一番厳しい2週間感染者ゼロでないと安心して仕事ができないとも考えている。

もしも私が感染源になった場合、恐ろしく迷惑を撒き散らすことになる。だから安全基準としては、3密での大声の出ない状況に入らないようにしている。店も衛生基準が特に厳しい店にしかゆかない。そして外食そのものを遠ざけている。後は特定のスーパーにしかゆかないとか行動範囲をめちゃくちゃ絞っている。手の消毒もしている。マスクは人混み以外ではしていないが、必要な時にはつけている。

ただ個人でどんなに努力しても仕事の上で出るときは出る。

努力はしても覚悟が必要という状況がある。そして国は保証する気はサラサラないようだから、ものすごく慎重になる。

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盛岡で名物盛岡冷麺のキャンペーンがあるのだが、一杯500円とかなんだけど、今年もやったようだ。

ただソーシャルディスタンシングで客席数が減らした状況で、なんでキャンペーンを貼るのだろうか。

実はすごく難しい問題なのだ。この冷麺業界だったら間違いなくやめるべきだった。理由はロードサイド店で例年渋滞になる案件で、席数が半減しているのだ。大渋滞が予想され、そしてお客が冷麺特売でついでに焼肉という状況ではなくなるわけだ。利益率が下がるのは予想される。

いま通常営業で利益率が下がっているのになぜキャンペーンを?例年やっているからというそう言った考えがある。難しいのは現場の士気を高めるためにあえてやったというのもある。だが不必要なのは間違いがない。

例年こうやっていたからこうしたという雰囲気が大きい。営業的には損して得取れなのだろうが、今の状況は少し違う。

損をしているのに、そのを上塗りする判断がよくわからない。評判も落とす可能性すらある。

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盛岡のコーヒーチェーンの社長が、従業員のマスクや手袋を全否定したという噂を聞いた。企業のスタイルというのはある。だから全否定はしないが、従業員保護のための施策である。スタイルを維持するために、万が一を否定するのはどうなのかと思う。

いま薄明かりの中にいるけど、このまま改善するとも思えないし、ひどいことになるとも思えない。だがスタイルを追求しようとするのも正しそうなのだが、次をどうするのか。

いまあることしか出来ない。でもこれって人生だな。考えよう。

6月19日

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雨の予報だった。気圧配置の関係で雷を伴う激しい雨が降るという。気象庁のレーダーデーターでも午後はほとんど雨だろうなと、早めに買い物をすませて、軽く泳ぎにゆくのを諦める。幸い昨日撮影した仕事の残りがあるから午後もそれなりに忙しい。

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左肩の問題は、寝る場所を変えることで解決した。日本の布団文化万歳だ。どこにでも移動できる。ただまだ不安定なようだ。夕方に少し痛くなったが、さてなんで痛くなったのかがわからない。

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国の方針で県を跨いだ移動が可能になった。とは言っても実はそれ以前からないわけではなかった話で、それがどうしたというところはある。だが人の交流が増えると、新型コロナ感染者が増えるのは自明のことだ。

まあその意味で、18日の宮城・福島・新潟の感染者がちょっと気になる。19日もしばらくなかったところから感染者が出ている。

これは感染症だからあるあるなのだが、ちょっと違うのは発症が早いということだ。宮城・福島の件だと3日で発症したと言ってもいい。

ただ実はこれが厄介なのだ。新型コロナは発症がとても早いのととても遅いのがある。多分かつてのウイルスは発症が遅く、今のは早いのだろうが何かものすごく早くなっているような気がしている。これはPCR検査基準が変わったというのもある。以前だったら発熱を4日間継続していなければいけないのを、怪しいと感じたら即連絡を入れてPCRを受けられるようになったからだ。実際宮城・福島の例はそうだ。病院の体制もできて、検査にも余裕のある状態になったから、そう言ったのが実現できた。

ただ世間一般が、感染者がなかったところで出てきているのをどう見るのか、それはわからない。多分単純に不安に思うだけだろう。それが社会にどう影響するのかがわからない。

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結局雷も通らずに、夕方にまとまった雨が降っただけで、実は泳ぎにゆけたという1日でした。

雨がコロナを流し去ってくれればいいんだけど、ありゃ人の中にいるから無理だよなぁ。トランプさんのように消毒液を入れたらいいなんて、大統領がいうのは恐ろしいな。

6月18日

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朝起きた時に、左肩の異常の原因がわかった。最近4時には明るくなっている。しかしまだ眠い。なので光を浴びないように寝ると、左肩を下にして寝るのだ。寝返りを打ってもすぐ左側を下にする。それがずっと続いて左肩に負荷がかかっていたのだ。
寝ぼけながら移動して寝直したら、かなり改善した。

寝返りって重要だ。

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新型コロナの挙動はなんとなくわかってきた。換気の悪いところでおしゃべりやカラオケなんてやるとかなりうつりやすい。同じ状況でも誰も喋らない満員電車だとなぜか誰もうつらない。この二ヶ月で、濃厚接触という言葉の意味合いが風俗でベタベタ触り合う以上の意味合いに変わってきているが、そこまでしないとうつらないような感じになってきている。

なのでこのところの新規感染者は色眼鏡で見られがちでちょっとかわいそうかもしれない。

ただこの新型コロナでなぜ人が発症するのかは、まだちょっとよくわからないところがある。逆に生活習慣だとか、BCG接種だとかポリオワクチンだとか目ネキ交差反応説から、このウイルスの前駆型が東アジア中心に蔓延化していた可能性まで含めて、ありとあらゆる可能性をまな板に乗せても、アメリカ人が死にすぎるのは肥満のせいだとしても、飛沫感染が中心で防御ができるとしても、わからないことが多い。

例えば北京でのクラスター発生だが、あの魚菜市場というのは東京ドーム22個分の敷地面積だという。そして卸売市場だ。仲卸市場も含めて人がごった返したとしても東京の満員電車の比ではない。そして新型コロナ対策が打たれている。北京なので野生動物の取引禁止は徹底されているはずだ。上に政策あれば下に対策ありの中国だから徹底できないのではないかと思うだろうけど、中国でも北京の監視社会だと考えにくいのだ。

実は仙台と福島で新規感染者が出た。これもまたどこで感染したのかが今わからないのだ。

北京は二ヶ月、仙台と福島は40日以上新型コロナ感染者が発見されなかった。実は1週間に一人とかの割合で出てくるのは感染症である限りあるのだが、一ヶ月以上でなかったところで発生するのは別な意味があるのだ。

まず外部から持ち込まれたかだ。北京ではノルウェー産の冷凍サーモンを疑っている。報道ではよくわからないのだが、在庫を調べた結果サーモンから出たということなら、それは中国でウイルスが混じった可能性がある。ノルウェーでは出荷のためにハサップ規格を適用しているはずで、そこには作業員の健康状態チェックがあるはずなのだが、そこからコロナが出てくるというのは、実は考えにくい。

仙台も福島も感染者との交流しか考えにくいのだが、何かよそから入ってこない限り、一ヶ月以上空いた感染源というのは、実は考えにくいのだ。ここで無発症感染者の話になるのだがとても少ないのに驚いたと思うが、多分そうなのだ。今現在日本にいる無発症感染者は、この一ヶ月前からの感染者数の合計1500人から40倍しても6万人しか今現在いないはずなのだ。
そして日本の人口を1億3千万人として、東京都の抗体比率の0.1%で累計13万人の無発症感染者がいたはずなのだが、現実の全国感染者数は累計で17689人になっている。東京都の数字だから東京都で話せよというのはわかる。だが東京都1400万人として、累計で無発症感染者は14000人になる。これを四十倍しても56万人にしかならない。

つまり、抗体検査と認識のギャップがすごいのだ。なんでこんなに

無発症感染者が一生コロナウイルス と共存する可能性は少ない。最高一ヶ月でウイルスを消すのが普通なのだが、それを人に感染させるほどの濃度を持つとも思えない。なぜなら発症するからだ。

データー上では感染者数の7倍しか無発症感染者がいなかったという話になる。うようよいるという仮説はほぼ消えている。

ではなぜぽちぽちと感染者が出るのか。感染症なので当たり前で、人が移動するようになったからだ。だがそれもじきに治るはずなのだ。

なぜ発症するのかというこの問題が解明されない限り、この新型コロナの恐怖は収まらないだろう。これだけが全くわからないのだ。そして重症化の原因が全くわからない。

多分なのだが、免疫機構解明の次のステージを開く、新しい知見を手に入れないとなかなか難しいだろう。

ただ基本的なデーターは、なぜか日本人は新型コロナに掛かりにくく、無発症感染者も想定以上に少なく、重症や死亡も少なく、無発症感染者も少なく、何か変なのだ。だからあんまりアメリカのデーターで惑わされない方がいいかもしれない。

ただ何か変だと警戒しつつ、過敏に反応しない方がいい。特に今時点では、決めつけは良くない。決めつけは自分が安心するために行う作業だ。それが他者にどう作用するのか、考えながら行動しなければいけない。

何しろわからないことだらけだからだ。

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今時点で確実にわかっていることは、新型コロナ程度で人類は滅亡しないということだ。だがそこに不幸はいっぱい起きるだろう。

だが人が人に不幸を及ぼしたのは、その比率ではないだろう。

そして予想以上に早く、アメリカは第二次世界大戦の死亡者数を超えそうだ。現在11万人。

6月17日

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爽やかな日で、泳ぎにゆく。

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最近左肩、特に鎖骨のあたりが泉井のだが、なぜそうなのかはわからないし、腫れてもいなかった。だが泳ぎ始めて600メーターを超えたあたりでこれは何か違うとなった。痛みすらある。平泳ぎだとなんともないので、腕の回転が大きいとひどくなるようだ。なので平泳ぎで残り400メーター泳いで1000メータだけ泳いだ。

何か中途半端で不満が残った。

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左肩は肩甲骨の下が痛いとか色々ないわけでもなかったがいずれ軽症だった。さてなんだったのだろう。

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新型コロナに、サイトカインストームを抑えながら治療に役立つ薬が見つかっやようだ。これで重症患者への目処が立つかもしれない。
なお紫外線が有効だという発表があったが、そりゃその通り。ただし一般に売られている紫外線ライトでも十分に効果があるのだが、人体には危険なので有人状態では使ってはいけない。シグニファイの製品はもっと安全な遠紫外線だが、それでも人がいるところでは使わないほうがいいだろう。

イズミの電動シェーバーIZF-V559を買った

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私はえらくヒゲが濃い。そしてだが伸ばすとマルクス・アウレリウス(それ誰?)並みの巻き毛のヒゲだ。なのでシェーバーは真面目に考えたいのだが、そもそもシェーバーの替刃ってなに?というのがある。

かつての蓄電池電動シェーバーはバッテリーに問題があった。容量と寿命がともに短かったのだ。特にニッケル・カドミウム電池は刃の寿命の前に本体の電池がダメになった。そして私は貧乏人だったので、刃の寿命と本体価格を考えて買う癖がついてしまった。実際メーカーは外刃は1年ごとに交換してくれというのだが、貧乏人のシェーバーだと本体価格と替え刃の値段が同じだった。いやそれより安い本体がゴロゴロしていたのでこれが習慣になっている。なので30年前にバッタ屋で買った日立の回転式シェーバーが最高だった。980円。しかも2年は持つのだ。これで6年以上使い続けた。乾電池タイプも日立で使っていた。これなんか780円?だったかなぁ。

だがそんな安い商品はどんどん市場から消え去り、高価格帯の商品ばかりが目立つ。

ブラウンの商品って素晴らしいんだけど、あのブランドの秘訣はAC電源があったから。直接家庭のコンセントとつないで動かすタイプ。これだと本体が高くとも、長年使うことができる。バッテリーそのものの寿命がないからだ。あるのはモーターの寿命と、刃の寿命だ。そしてなのだがブラウンは刃を取り付ける部分とか規格化が素晴らしかった。なので30年前の機種でも替え刃があるという奇跡があった。

これがブランドだ。

逆にバッテリータイプの高機能化を目指した日本メーカーは、替え刃の寿命より低価格化を目指すことになってしまった。なのでものすごく高寿命な替え刃なのに、バッテリーという制限ができてしまった。そしてなのだが重要保安部品の替刃を用意するのは避けられない。なのでちぐはぐなことになってしまって、今日に至る。

解決策はバッテリーだった。ニッケル水素の導入、これは画期的だった。ただ我が家の氷点下になるかもしれない室内ではニッケル水素蓄電池の温度特性の問題はあった。低温だともうダメなんだな。でも電池の寿命が伸びることで替刃需要までようやく見込めるようになった。

そこでパナソニックの快進撃が始まる。外刃がチタンコーティングとか3枚刃とか4枚刃とか5枚まで増えてしまった。日本人好みの深ぞりとかそういった高機能をつけつつ、ラムダシリーズは一体いくらまで価格が上がるのだろうと、打倒ブラウンというお値段まで来てしまった。

まあそれでもバッテリータイプは寿命が確実にあるからね。

8年前にパナのシェーバーを買った。当時としては高価格の商品が安かったから買えたのだ。もうこの頃にはパナのシェーバーは高すぎてある意味記念で買ったものだった。それがなんと刃も変えずにバッテリーもへたらず、本体がおかしくなったのだ。

ということでコジマ電気の棚を眺めた。

5年以上使うとして、愛着が出そうな製品で、予算8000円以下。なんと特売はブラウンでもあるんですね。この時点で却下。フィリップはそもそもスルー。パナは?すでに8000円以下の商品から離脱していた。特売すらない状況。日立もあった。日立のシェーバーも好きだったが、棚にイズミがあった。

ちょっと考えたいのは、髭剃りのロマンだ。そうとしか言いようがない。間違いなく言えるのは、980円のシェーバーでも確実に仕事はできた。確かに深ぞりというのはある。だが深ぞりとお肌を傷めないというのは両立しにくい。

棚を眺めながら、男のロマンというのを考えていた。何かの小説に、大人になるというのは髭を剃ってタバコを吸うことだと思った主人公が、それを用意したが、全く意味がなかったという出だしだったと思う。なぜこのような機種があるんだろうか。なぜこのような首振り機能があるのだろうか。なぜこんなに刃が増えてゆくのだろうか。なぜブラウンはトップブランドなのだろう。

男の子の道具としての電動シェーバーがある。なので多機能性とか色々が必要だ。

これを入れると、別な答えが出る。

それがイズミのIZF-V559だ。首は降らないけど4枚刃だ。リチウムイオンバッテリーで高寿命。あとは使いこなしでなんとでもなる。

ネットで知ったのだが、非常にいいメーカーだという話だった。ただそれは高位機種であって、低価格帯のIZF-V559だと首ふりがどうのという話になっているようだ。そしてお肌の話なのだが、昔っから電気シェーバーは刃をゴリゴリと押し付けるなと、ずっと言ってきた。意味ないから。毛穴の奥までそれることはないから。毛が消えることはないから、そうなのだ。

そこに対応してきたのが日本製品だが、ほぼ幻想だ。

それでは2万以上の高級品に何が意味があるのかといえば、本質的に官能性だ。これは間違いなくそう。ものすごい深ぞりとかそう言った機能を歌っていても、髭剃りが得意な床屋には勝てないあの何かを作るのが高級品だ。これは1万以下ではそうそうない。

イズミのIZF-V559は確実な仕事をしてくれる。だがそれは自分の顎の形や髭の伸び先をわかっていればこその使い方であって、それはカミソリと同じことだ。逆に自分を知らないで使うのはいいことではない。

高性能でシンプルなマシンの方が、実は使い勝手がある。そして噂通りに刃がいい。

ただ4枚刃は流石にでかいな。顎の細いラインとか不安になるくらいだ。5枚になったらどうするんでしょうね。なんとかなりました。

お買い得です。リチウムイオンバッテリーですからいうことがありません。

そしてなんだけどネットの記事を読んでゆくと、微細すぎてどう考えていいのかわからない記述があった。30分かけてとかだが、ひげが伸びるおっさんに赤ちゃんツルツルを要求しても仕方がないだろう。

6月16日

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先日の来客からいただいた山形県産佐藤錦だ。思えば40年ぶりにいっぱいのさくらんぼを食べた。

あの時「WHOって中国問題抜きにしても訳がわからない」と話し合っていたのだが、現代ビジネスに的確な記事があった。「WHOと国際政治、健康の定義、箸の上げ下ろしの厄介な関係」と言う記事がわかりやすかった。

健康とはただ病気や虚弱がないだけではなく、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態である。(WHO憲章)」

まあこの問題から出てくる様々なことを、国際政治に巻き込まれながら研究者集団として好き勝手やっていると言うことらしい。今回訳のわからない報告が続いて悪目立ちしている理由がよくわかった。

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きょう、日本での大規模な抗体検査の結果が出た。残念ながら1万人計画は8000人になった。東京と大阪と仙台での調査だが、発生者が多かった東京の検査数が少なく、少なかった仙台での検査数が多いのは精度維持のため。低いほうの検査を増やさないと統計的に問題が出るからだ。

海外企業のロシュ社とアボット社が製造する2種類の試薬を使った検査で、いずれも陽性となった場合に「陽性」=「抗体を保有している」としました。」

つまり抗体検査に有り勝ちな誤差を極力減らしたものだと言う。

「その結果、東京は1971人のうち2人、大阪は2970人のうち5人、宮城は3009人のうち1人が陽性と確認され、抗体保有率はそれぞれ、東京が0.1%、大阪が0.17%、宮城が0.03%となりました。」

さて東京都の発見された感染者数は、5592人だ。人口1400万人として0.1%は14000人だ。つまり発見された感染者数に対する、見えない無発症感染者数は3倍と言うことになる。人口密度からゆけばアイスランドの2倍と比較しても多すぎるわけではない。むしろ少ないだろう。

岩手県庁には、なんで岩手に感染者がいないのかと言う問い合わせが多くなっていると言う。まあ知りたくなるだろうが、そんなのは誰もわからない。イギリスの学者がドイツ人の感染者数と死亡者が少ないのは「免疫におけるダークマターが存在するのではないのか」と言っていたが、もう世界と比較しても何かしょうがないとしか言いようがない。

これに関しては、もうちょっと考えよう。

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ロイターにコンゴでの感染症の問題の記事がある。要は三種混合のエピデミックが起きているのだ。

[キンシャサ 15日 ロイター] - コンゴ民主共和国(旧ザイール)保健当局は15日、同国西部エカトゥール州で発生しているエボラ出血熱の流行で、最大17人が感染、このうち11人が死亡したと報告した。先週には、12人の感染が報告されている。」

エボラへの対応は、新型コロナどころじゃない。本当の隔離と関わる人の命のために重装備が必要な病気だ。致死率90%。本当に軽症な時点で対応できなければ回復することは難しい病気だ。

さらに新型コロナウイルス感染者も4800人超が確認され、112人の死亡が報告されている。」

もう大変なことになっている。エボラへの防護対応も凄まじいのに、コロナまで加わってしまったのだ。

同国はこのほか、はしかの流行にも見舞われており、6000人超が死亡。」

はしかはねぇ。ワクチン接種率とか色々あるけど大人がかかると死ぬんだよねぇ。でもどれを優先順位にすればいいのか。はしかにはソーシャルディスタンシングなんて効かない。

そういえばワクチン嫌いな白人のことだが、日経新聞にいい記事があった。「史上最大のワクチン事業〜その挫折と教訓〜1976年、米国で新型インフル流行の恐怖」。これは面白い。

だが、ワクチン事業に決定的な逆風が11月12日に発生する。ミネソタ州で接種した人のなかでギラン・バレー症候群の発症者が出たのだ。他の州でも報告が相次ぎ、12月中旬までに50例以上となった。」

ギラン・バレー症候群は末梢神経の炎症だ。あり得ない激痛が全身に24時間渡るのだ。解決方法は未だかつてなく、一応治療法はあるが長期間の入院が必要になる。

これがアメリカやヨーロッパのワクチン嫌いの原因なのかと思う。ワクチンで自閉症になるとかあり得ない話が出ている。子宮頸がんワクチンの副反応も心理的なものが強いのではないのかと言われている。だが一旦ダメとなると、放射線嫌いの人のように話が変な方向にはゆく。ただギラン・バレー症候群が出たと言うのは、ワクチンアレルギーの人が増えても仕方がない。

それほどひどい病気なのだ。

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アメリカの最高裁が、性的マイノリティーを理由に解雇するのは違憲だと言う判断をした。非常に重要な判断だ。

最高裁判事のうち4人のリベラル派に加え、トランプ政権が17年に任命した保守派のゴーサッチ判事と、同じく保守派のロバーツ長官が今回の決定を支持した。他の保守派3人が反対に回った。」

結局人とは何かという問題を、どう考えるかという話だ。そこには白も黒もなく、男も女も、その間も、トランスもあるはずがない。だが我々の慣習や制度がそう言った問題を起こしている。

だが人とは何かと個人に問う場合、そう言った言葉は出てこないだろう。習慣や風俗や言語で断ち切られた中では、個人の中で折り合いをつけられないこともある。

たまには考えたほうがいい。同じ日本人でもアスペルガーや多動やサイコパスまで居るだろう。彼らは日本人じゃないのか?

虐げられたヤンキーと霞ヶ関のエリートも同じではないのか。以外と霞ヶ関のエリートに偏見がある気がして居る。

6月15日

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今日は仙台から仕事の打ち合わせで客が来た。びっくりしていた。「インターから降りたら中学生がマスクなしで自転車に乗っている」そう、感染者ゼロだからこそなのだが、実はこのところの気温急上昇で、むしろマスクが危険な状況もあってこうなっているというと納得してもらえた。

そう、仙台から見ると仕事ができるのかどうか不安だったのだ。だから先週から盛岡にくるように催促していたところだった。結果とても明るい話が進んで、そうものすごいスピードで進んで万々歳の来盛だった。

ただそこから岩手県で東京から転勤して来た人の家が焼け出された話とか、山形の地方でコロナ感染者が出て、その家への投石が続いて警察が出て今その家は無人だとか、暗い話になった。そして仙台のクラスター発生で、白人の悪口になった。日本にいる白人の英語教師の多くは横のつながりがすごい。日本というほとんど英語の通じない、その上習慣も風俗も違う国で英語教師をしているのだから苦労はある。なので集まって英語でおしゃべりをしたいというのがあって、友達の友達の友達は、友達という感じで繋がっている。で、日本人でも英語が通じる店があるとそこに集まるようになる。仙台のクラスターはそういったものだった。そしてなのだがたまに集まるので、その酒の席は礼儀正しい彼らでも泥酔状態までゆくのを何度も見て来た。楽しいから仕方がないし普段のストレスを発散させているだけだし、日本は酒に寛容だ。クラスターが起きやすい状態でもあった。

だがそういった席で黒人を見ることは少なかった。

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河野防衛大臣がイージス・アショア計画を見直すといった。これは以外とすごい話だ。

まず急な話だったので場所の選定が杜撰だった。それで揉めてしまったというのはある。管轄の問題もあった。海上自衛隊なのか航空自衛隊なのか陸上自衛隊なのか、防衛省直轄なのか。あと対中国や対ロシアでも問題があった。対北朝鮮と言ってもその範囲を超えていたからだ。それとイージスアショアは防御型とも言い切れない攻撃性もあったからだ。そして誰もが使ったことのない高性能レーダーを選定していた時点で、実現可能かという問題があった。

とは言っても対ミサイル防衛では、完全防御型のシステムというのは考えにくく対外的な問題は深かった。

結論から言えば、トランプさんのご機嫌取りのための装備という側面もあった。なので急に降って湧いた案件というところもあった。もちろんイージスアショアはコスト的には安い。それで防衛省も検討していた案件だったが、日本だけだったらイスラエルのアイアンドームで十分ではないのかというのもある。海上自衛隊のイージス艦との連携で精度が高められるのもあるが、もっとすごい自衛隊情報統合システムが存在しない限りどうなのかという話になる。

今イージスアショアを凍結した場合、違約金が発生する可能性がある。だが多分なのだが開発中の新規レーダーシステムなので、通常はっつうの違約金より安く済む可能性もあるだろう。だがなんでいまかと言えば、コロナ対策の資金を出すためだろう。そして国会対策でもある。

だが、トランプさんとの約束を反故にしていいと判断したのだろう。つまり日本政府は次期大統領はトランプさんではないと考えたのだ。

見た目はコロナ対策費だ。そして次期大統領の時に満を持して、THAADシステムの導入をいうだろう。こちらは移動式で、国内防衛に適したものだ。日本はイージスアショアよりTHAADシステムを欲しがっていたが、アメリカがウンと言わなかった経緯が続いていた。

ただ大陸間弾道超高音速ミサイルシステムの開発が世界で進んでいる。密かに日本も研究している状況では、THAADシステムも時代遅れなのだが、イージスアショアよりは問題が少ないだろう。

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世界各国で広がっている「Blake Lives Matta」運動だが、日本だからほそぼそと異論が出ている。ニューズウイークのコリン・ジョイスのコラムなんかそうだと思う。

僕が何より懸念しているのは、極端な反人種差別運動が、分別ある議論をいかに抑え込んでしまうか、いかに地道な進歩を台無しにしてしまうか、いかに政治目標の設定に妨げになってしまうか、という点だ。「反人種差別主義者」という言葉を僕は、イギリスの圧倒的多数派である「人種差別に反対する人々」という意味では使わない。むしろ僕は、人種問題に対して極端で対立的な手段を取る、BLM運動のような偉大なる闘争の先導者を自称する、比較的少数派の人々を指して使っている。」

穏健な考えでもある。それはアメリカの話であってイギリスはもう少し違うよという話だ。アメリカでもそういった考えはある。だがキンバリー・ジョーンズの答えは簡単だ。BBCを貼り付けよう。

「それがタルサで、ローズウッドだった。」

黒人が独自社会を作って発展した町だった。不動産も所有できていた。タルサは空爆され、ローズウッドでは虐殺が起きた。そしてそれは日本語版ウイキペディアにはない。

彼女は400年間社会契約論が成立しないこの社会で、どうすればいいのか、それを激しく問う。

その意味で日本人というのは、中国人から見ても外国だと思われてきた。そして白人圏から変わった国だと思われて、先人たちの努力で特別枠に入れてもらった。だがそれでも第2次世界大戦ではアメリカ国籍を持つ日系人ですら収容所に入れられた。

そして特別白人枠の特権をそのままにしている。同じなのだが違う神秘の国だ。

伝説というのは恐ろしいものだ。

BBCの「あなたが、そしてイギリス人も知らないかもしれない、イギリスの黒人の歴史」で、引っかかるものがあった。これはコリン・ジョイスがうんざりしている黒人月間の内容なのだが、まあこれだよなぁこの人種差別はというのがある。体が大きくてマッチョなだけではない。

「この時期の人種暴動では貧困や失業が大きな要因だったが、黒人男性と白人女性が所帯を持ち子供を作るのではないかという懸念も影響していたと、研究者のジェイミー・ベイカーさんは言う。

「黒人男性を過剰に性的な存在に仕立てた文脈にもあてはまる。黒人男性が白人女性を自分たちから奪ってしまうと、白人男性は強迫観念を抱いていた」と、ラヴィニヤさんは説明する。」

実は誰も確認したことがない伝説がある。黒人のペニスは巨大で女性を虜にして、その上絶倫だと。これは日本にも伝わっているのだが、これは本当なのかと思っている。白人は巨根だがフニャチンで、日本人は小さくとも固くて立派とか、疑問が大きい話がある。まあそもそも、そこじゃないと女性側から言われているから根拠はないのだ。

まあそもそも現代では、女性はペニスの大きさと体の大きさで配偶者を選んでいないと思うのだが。

だが男としてマッチョで巨根は敵だと言う意識はわかるが、本当にそうなのか?

そもそも持てないと意味がないだろう。


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さて現代日本人。太宰治の「人間失格」についてありがたいお言葉を若い者からいただきました。「ドストエフスキーの「罪と罰」もそうなんですけど、モテると間違いがあるんじゃないんですか?」

白人男性ってコンプレックスが多いのかなぁ。そしてなんだけど、どの人種も男性はモテることが最重要だと言う話だ。

モテないと間違いは少なくなる。でも男性はそれを追求する。

ただこれだけはわかっている。努力しないとモテないと言うのが普通なのに、努力なしでモテるとなぜか男は思うのだな。もしそれが差別や偏見につながるとすれば、400年間無駄な努力を白人はしてきたわけだ。