言葉の話

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変わった学生がいて、言語に関してやたら知識がある。本来はロシア語専攻なのだが、ラテン語やギリシャ語に興味がある。その上東北の方言にも興味がある。さらにインドのサンスクリット語に興味がるらしい。東北弁はともかく格変化に興味があるようだ。

逆に英語の格変化は、他民族との交流で単純化してしまった結果だという。つまり交流の少ない社会ではめんどくさい言語が出来上がって、交流の多い社会では単純になるという。

それに対して私から、東北弁は自然語彙は多いが近代的な語彙は少ない。そして感情表現をする言葉が豊富だ。だからエリートほど具体的な説明のための言葉が必要になり、標準語に近い発音になってゆく。インドネシアではボキャブラリーは少ないが、具体的な説明のために英語とちゃんぽんになっている。ボキャブラリーが増えることで文法が単純化してゆくという話ではない。

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残されたテキストに問題がある可能性がある。つまり上流階級の言語だ。下流階級の言語はよほどでないと記録されない。記録されても上流階級の言語に翻訳されている可能性はある。格変化というのはものすごく微妙なニュアンスを話すために発達したと思う。それこそ平家物語の上皇と天皇の会話のような、そう言った社会で発達した言語だと考えれば、特別なのだろう。
そう言った会話をしつつ、彼がサンスクリット語の読み書きや発声ができる同年代の人を発見したり、ヒッタイト語の達人を見つけたりするのを聞きながら、悩みではない悩みを感じた。

なぜ言葉は伝わらないのか。彼にはこの疑問がある。

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そしてなのだが、なぜか社会人の数学能力と日本語能力が衰えているという話もある。数学はともかくとして、日本語が衰えているというのは、複雑な社会ではなくなったということがある。そしてなのだが、感情表現だけで会話ができる社会だというのがある。

それが苦手な人たちにとっては、辛い時代になった。

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