8月1日

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台湾の李登輝元総統が死去した。密かに南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領を凌駕する人物でもある。国民党でありながら民主主義を推し進め、その後の台湾の開かれた多元主義の方向性を作った人物だ。なお現在台湾ではLGBTの立場が認められている。


なぜなら偉大すぎるからだ。私ごときが哀悼を示せれる相手ではない。近代中国史の中で匹敵するのは鄧小平ではないか。

このインタビューでは、中国という強大な国に対して辺境国家はどうあるべきか、そして対峙し続けた台湾ならではの鋭い考えを日本に投げかけている。

本質的な思想を考えたい。だがこのインタビューは枝葉ばかり刈り取られてしまわないようにしたい。

なお彼は日本語は話せるが親日家ではない。台湾近代史を生き抜いた人物だ。その辺は間違えないように。

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曇りの予報が晴れた。この理由は簡単だ。盛岡マジックが起きたのだ。この周辺では雨が降っていた。特に葛巻とか遠野とか花巻とか、不安定な気候で大雨が降っていたらしい。

あんまりの晴れなので、仕事の合間に泳いできた。時間が取れなかったが、それでも気分が爽やかになった。

でもTシャツが酸っぱい匂いしたので、何かダメだなぁ。その後もちょっと仕事をしたら、さらに酸っぱい匂いになった。

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ニューズウイークオンラインに「日本の新型コロナ感染者、重症・死亡率が低い理由は?高橋秦教授「感染7段階モデル」で見える化」とういう記事がある。これまた引用しない。

多分彼のいう通りなのだ。強毒型コロナウイルスだが、インフルエンザに比べると弱毒型だ。だがある一定以上の濃度で感染すると発症する。薄いと自然免疫で撃退できるレベルのウイルスなのかもしれない。高濃度短時間・低濃度長時間被曝で発症する例が多すぎる。これが私の見ている考えだ。それに近い。

自然免疫力がなぜ白人が劣るのかというのは無視したほうがいいだろう。このファクターXについて、T細胞の追跡調査が難しく、証明されるには時間がかかるだろう。つまりここは考えないほうがいい。かなり時間がかかる推定だ。

PCRを否定しているように思えるが、その辺は微妙だ。PCR検査は行政にとっての視座になるからだ。どの程度広がってどの程度の被害になるのか、そして対策はどうするべきかというのは、今の所PCR検査数が多ければ多いほどいい、という当たり前の結果がある。そして社会が不安定になったら検査を増やすのが正しい。たとえ偽陰率がどうかと言っても、受けられる体制があれば不安は激減するわけだ。

そして無料だから毎日PCRを受けると、絶対偽陽性を引き当てる。この貧乏くじを引きたくなければ、不安のためにやっていたことが最悪になるのだ。

まあそれはともかくとして、最後のPCR本来の意味は、新型コロナの遺伝子解析だ。いつはそこまでできる技術で、検査を増やすとウイルスの遺伝子変容を解析できるわけで、弱毒化しそうかとかまで予言できるものだ。これは鳥インフルエンザ対策の国際コンソーシアムで、新型コロナウイルス の変容状況を監視しているわけだが、日本はこの遺伝子情報を彼らになかなか渡していないという状況がある。

なので高橋秦教授が最後に語る、遺伝子情報を見ないといけない、というのは全く正しいのだ。

第2波が来たと判断したら、最初にやるべきはPCR検査の拡大ではなく、ウイルスの遺伝子解析だ。従来と同じ型のものなのか、違うものが来たのかを判別することが重要だろう。感染者を捕まえて隔離することより、感染パターンを把握することが重要だ。感染力が上がったのか、毒性が強まって死亡率が上昇するのか。それに応じて対策も変わる。感染7段階モデルのようなものを作っておくと、そうした議論をすることが可能になる。」

これを簡単に言えば1ー2月のウイルスは武漢型で、3ー5月はヨーロッパ型で、そこまではわかっている。では今あるこの「いわゆる」第2波はどの型なの?という疑問には誰も今答えてくれない。そしてコンソーシアムにも日本の情報は少ないと言われている。

日本にはPCR程度の技術を使って遺伝子検査できる人がいっぱいいるのだが、医療技術者免許がないんでこのPCRには参加できないんだなぁ。逆に医療技術者免許を持っている人は、遺伝子情報検査まではしないんだなぁ。

民間は?やるわけないだろ。そんなめんどくさいこと。

危険極まりないウイルスを扱ってもいいよという研究所が、ほそぼそと新型ウイルスの遺伝子情報を解析しているんじゃないのかと思われます。

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文化大革命を撮影した李振盛氏が死去した。ご冥福をお祈りします。

不思議なのは、彼は体制側のカメラマンなのになぜか自由なのだ。そして撮影した写真を秘匿することができたのだ。彼は妻とともに2年間刑を受けていたはずなのだが、彼の写真は残ったのだ。

そして体制側が消し去りたい映像がなぜか偶然「そして90年代後半、李氏は文革の約3万枚の写真を茶封筒に入れ、写真を扱う国際機関CPIに送付した。そして完成した写真集「紅色新聞兵」が2003年に出版され、その後、複数の言語に翻訳された。なお「紅色新聞兵」というタイトルは、李氏が取材時にはめていた記者向けの公式の腕章にプリントされていた言葉を採用した。」

表現という前にあることがある。残すか残さないかだ。彼は残した。私にはできない。

そう、消されなかったといいうのがすごいのだ。生き残ったという意味で。

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